清酒グラスをデザインした柳 宗理さんを悼む

  • 2012.01.14 Saturday
  • 08:14



日本の工業デザインの草分けで、清酒グラスなど数多くの工業製品や家具のデザインを手掛けた文化功労者の柳 宗理(やなぎそうり=本名むねみち)さんが昨年12月25日に肺炎のため東京都内の病院で死去した。96歳であった。柳さんは、1915年6月29日に宗教哲学者である柳 宗悦の長男として東京で生まれた。東京芸術大学で油絵を学んだが、建築家のル・コルビュジエに影響を受け、デザインに志望を変更、卒業後、調査のため来日したコルビュジエの協力者で仏人デザイナーのシャルロット・ペリアンの助手を務め、その後、工業デザインを始めるため、1952年に柳デザイン研究会を設立している。代表作の鳥居に似た形の椅子「バタフライスツール」は世界的に知られ、発表以来、50年以上経った現在も国内外で生産され続けている。他にも、白磁を使用した食器をはじめ、家具や照明、オート三輪など幅広い製品をデザイン、合理的なモダニズムと伝統的な和の要素を融合させた「日常の美」を追求した。その柳さんに日本酒造組合中央会が清酒グラスのデザインを依頼したのは36年前、1976年のこと。その当時、柳さんは、清酒グラスをデザインするにあたって次のようなコメントを寄せている。「一番心掛けたのは、日本酒のための盃、というイメ-ジの表現である。特にガラス製品の場合は、ワイングラスと違い、誰が見ても、“これは日本酒のためのグラスだ”という、明瞭な識別をもたせることが必要だった。日本的で、シンプルで、しかも新鮮な感じ、勿論、使い易さなど、色々な必要条件のもとに約二年間苦労して、出来上がったのがこの清酒グラスである。出来るだけ早く、多くの人々に親しまれ、広く愛用されれば、幸いこの上もない。」その結果、清酒グラスの縁は、日本酒にあう口当たりをもたせるために丸く厚く作られ、また持ち手の部分は、持ちやすさと安定感にこだわりデザインされている。清酒グラスからオリンピック聖火台に至るまで、幅広い仕事をみせた柳 宗理さんだが、日本酒業界の日常には、こうした有名デザイナーの「創造」により生み出された清酒グラスが、何気なく存在しているのである。柳 宗理さんこそ、「酒サムライ」に叙任されるべき人物であったと悔やまれる。

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